大人のエッチな告白体験談 最新更新情報!

【近親相姦】女子高生にスライディングしたら付き合うことになった話【体験談】

もう6年前の話かな。
仕事が休みだったもんで、友達と飲みに行ってて2件目に行こうと
飲み屋を探し歩いてる時だった。
商店街を歩いてたんだけど、前方にJK発見wwww
ミニスカおいしいれすwwww

友「いやあ、こんな時間にけしからんですなww」
俺「ええ、そうですなwwww」
友「これはお仕置きが必要ですなwwww」

多分、いい感じに酔ってたのもあるけど、立派なDQNなもんです。

俺「なにすんだよww」
友「こうすんだよwwww」

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2018年2月20日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【近親相姦】未亡人の愛欲【体験談】

隣室からの話し声に突然目が覚めて、母の部屋を障子の隙間から覗くと、枕元の明かりに照らされて、後ろ向きで上半身裸の男性が、布団に仰向きで寝ている母を押さえ付け、着ている浴衣を無理に脱がそうとしているところでした。
「イヤッ、だめです、お願いやめて下さい」
母はかなり抵抗していましたが、やがて浴衣の帯を解かれると、一気に上半身から浴衣を剥ぎ取られてしまいました。
浴衣の下はノーブラだったため、乳房はブルンと剥き出しとなり、下半身は白のビキニショーツのみで、股間にはうっすらと陰毛のシルエットが見て取れるような下着姿でした。
恥ずかしさから必死に乳房を覆い隠し、起き上がってその場を逃れようとしたのですが、男性に腕を掴まれて引き寄せられると、布団のうえに再度押し倒されました。
「イヤ、イヤ、だめ、お願い許して」
男性は母の身体を押さえ付け、下半身に残されたショーツに手を掛けて剥ぎ取ると、一糸まとわぬ全裸姿にしてしまいました。
私は思わず「お願いやめて下さい」と言い出そうとしましたが、驚きのあまり声を出せず、自分の口を塞いでしまいました。
母の身体はふっくらと盛り上った乳房、くびれたウエスト、やや濃い目の陰毛に被われた性器をあらわにされて、必死に恥ずかしさに耐えている母の全裸姿を見つめていました。
39歳になる母ですが5年前に父を亡くして、娘の私から見ても女盛りの魅力ある女性で、男性は父の実兄にあたる人です。
50歳位になる伯父は未だ独身だそうで、父が亡くなってからはしばしば母に言い寄っては、その都度母を誘惑していました。
私は今年19歳を迎える母の一人娘です。キスの経験は数回ありますが、セックスの経験は未だありません。
「ダメッ、となりに娘が寝ているから、イヤッ、お願いだからやめて」
伯父は母の身体に覆い被さり抱きしめると、男と女すなわち伯父と母が性の快楽を求め合うセックスが始まりました。
初めて見る生々しい光景に、私は興奮を押さえられず必死に息を殺して、セックスの一部始終を覗き見ることになりました。

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2018年1月21日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【近親相姦】村ぐるみで40年祖父の死の事を隠していた【体験談】

今までにあった最大の修羅場 £113

230: 名無しさん@HOME 投稿日:2015/01/20(火) 23:08:29.07

祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした時。
祖母と祖父は村の中ではおしどり夫婦と呼ばれるほど仲が良かった。祖父は仕事で出張に行くと出張先から毎日手紙を書いた。祖母も毎日返事を書いた。
ある日、出張先で祖父が事故で死んだ。
家族と村人のみんなは祖母のために祖父が死んだ事をひた隠しにした。祖母のために郵便局員は毎日祖父の筆跡を真似て手紙を書き続けた。
それをずーっと続けた。郵便局員が亡くなるとその子どもが郵便局員になって手紙を出し続けた。手紙の最後には必ず家と家族を村で守ってくれとしたため、祖父の出張先に行くことも止めるようにした。
ここまでは私も生まれてなかった頃の話。

みんなで嘘をつき始めて40年経った。祖母は病気になり、しきりに祖父へ会いに行きたいとせがむようになった。
祖母の悲痛な叫びにみんな心を痛めたけど、絶対に誰も真実を語ることはなかった。

それから1年後。この頃から祖母は手紙を書いても、祖父に会いに行くとまでは言わなくなった。

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2017年6月1日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【近親相姦】拒まれて【体験談】

激しく抵抗する女…。それでも強引に襲いかかる男…、それが知り合いの男性なら、抵抗続ける女性もついには性本能が勝って変身して男性にからだを与えていく。あの時、俺も渡辺マサコさんに抵抗されても襲いかかるべきだったのか…。
過ぎ去ったあの日、夜明から降りだした雪は、街でも20センチは積もっていた。前日は出産直前の妻にあって安産を祈願し、その日は、市役所会議室で開催した人勧給与改定の地区説明会で集まった関係者に二時間説明し、終わって関係職員と夕食を共にする。その後、日頃から親しくしていた渡辺マサコさん宅に立ち寄って、一緒にいた竹内君と再び飲みはじめ、酔いつぶれてそこに泊まる。
渡辺マサコさんは戦争未亡人だった。
昭和十九年秋、ご主人が出征する直前に結婚し、すぐに子供を授かったが、
ご主人は南方戦線で戦死し帰らぬ人となった。その時、奥さんはまだ十八歳だった。
それから奥さんは、たばこ屋を開店しながら女一人で子供を育て、
その子も、春には高校を卒業して警察官になっていた。
酒に酔っていた俺はそのまま炬燵に潜って眠っていた。
真夜中だった。目が覚め、見ると奥さんは炬燵の向こう側で眠っていた。
そんな寝姿を見て俺は奥さんを女として意識しはじめ、変な気持ちになっていった。
当時奥さんは女盛りの三十六歳だったと思う。
その時俺は二十九歳、結婚して三年目、妻は出産直前で実家に行って俺は単身だった。
妻の肌に触れられない男の欲望が頭をもだげていった。
そんな時、奥さんは未亡人だから男が欲しいのだろうと思っていたし、
奥さんの寝姿に手を差しのべてみたいという男の性欲が騒いだ。

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2016年4月18日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【近親相姦】脱衣麻雀よりも凄~い ハメまくり麻雀【体験談】

近所に雀荘があるのですが、毎週金曜の夜~明け方まである極秘の大会があります。
それは、男子オンリーの試合でで女性を連れてきて、お金の代わりに、女性が抱けます。
1位は3位、4位の女性を2人無条件で、2位は4位の女性を無条件で1人抱けます。
もし、役満で上がると、中出しOK。1位で役満なら、2人に中出しと美味しいです。
俺は今19歳の大学生ですが、高2の時からやってます。
雀荘のおばさん(43歳、かなり美人で未亡人)とセフレになってから特別に呼んでもらっています。
高校生は俺だけだったみたいですが、小学生の頃から家族マージャンをやっていて結構自信がありました。
雀荘のおばさんが俺の女性として未だに毎週行っています。
今のところ、1位と2位ばかりで美味しい思いばかりです。
夫婦や不倫で来るカップルばかりで、30代~40代の人妻はかなりやりました。
中には近所のおばさんや、友達のお母さんまでもね。勿論、中出しも有りで
凄い時は、一晩で7人しかも、中出し3人で、この俺の記録が最高のようです。
今のところ、おばさんは1回も抱かせていません。だから、おばさんは物足りなく、いつも試合中、南3局になると
おばさんに咥えさえせ直ぐ嵌めれるようにしています。やるときは、次のハンチャン休みだから、終わるまでヤリまくりです。
ただ、4位の女性は2人とやるので、2位の人は時間制限があります。

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2015年11月15日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【フェラチオ】弱みを握られた美女 【体験談】

父の親友である正和オジサンは、俺が通っているテニスクラブの理事長をしている。

三度の飯より将棋が好きだというオジサンは暇さえあれば我が家に指しに来ていた。

聞いたところによると将棋同好会時代から、オジサンが唯一勝てるのが、父だったのだそうだ。

大抵は父と二人でパチッパチッとプロも顔負けするくらい良い音を響かせているのだが、時々、俺も相手をさせられることがあった。

「ねえ、オジサン!新しいコーチって未亡人って聞いたけど、旦那さんとは離婚したの?旦那さんって、どんな人だったの?」

「そんな個人情報をぺらぺら教えられるわけないだろ」

「オジサン、さっきの”待った”で何回目だったっけ?」

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2015年5月16日 | エッチな告白体験談カテゴリー:フェラチオの体験談

【近親相姦】野球と未亡人【体験談】

なんとかギリギリで入った大学院で一年を過ごし、少し余裕も出た頃、
昔在籍したボーイズリーグの監督から電話があったと、実家の母親が連絡してきた。
「何で?何かあったの?」
「監督さん怪我したみたいよ。手伝ってほしいんじゃない?判らないけど」

俺は年賀状を引っ張り出し、監督の電話番号を調べ連絡を取ってみた
「もしもし町田ですが、あらケイタくん!久しぶり、元気なの?」
俺の初恋の相手、かつ先生の奥さんの、マサミさんの声が聞こえてきた。
マサミさんによると、どうも監督は馬場のように風呂場で滑って、じん帯を
痛めたらしい。
「近くのOBに連絡してるみたいよ、少しでいいから手伝ってくれないかって。
何人かは来てくれるみたいだけど、ホント、皆忙しいのに申し訳なくって」
じゃあ、僕が行かない方がいいですかね?あんまり多すぎてもどうかと思うし、と言うと、マサミさんは
「ケイタくんが来てくれたら、監督すっごく喜ぶと思うよ。一期生の子は
殆ど就職して忙しいみたいだからなかなか来れないみたいだし」

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2015年2月22日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【近親相姦】【悲報】未練あるカラオケお葬式なムードの結婚式 → 直後wwwwwwwww【体験談】

658:愛と死の名無しさん2012/05/02 10:09:21
職場の先輩(男性)の結婚式の披露宴に招待された。
ご祝儀を包むような年になってから初めての披露宴だったのでかなりwktkしてた。
先輩と先輩の奥さんは大学のサークルで知り合ったらしく大学時代の共通の友人が大半だった。
でも皆気さくで自分にも声を掛けてくれてそれなりに楽しい時間を過ごした。ああいう席で酒が飲めるっていいね。
で、大学で出会った、両名の友人で先輩の親友という男の人がカラオケを歌うことになった。
曲名は忘れたけど当時人気だった男性二人組のグループの曲なんだが、内容が凄かった。要約すると

『君は僕を捨ててアイツの元へ行ってしまったけれど僕は今でも君を想っているよ』

おっさんたちは酒盛りに夢中で聴いてなかったみたいで変わらずドンチャンしてたけど
若年層はなまじ有名なアーティストの曲だけにイントロ部分でシーンと静まり返ってしまった。
ひな壇を見れば可愛く着飾ったゆるふわ()系の花嫁さんは顔面蒼白鬼のような形相で親友さんを睨んでるし
先輩は未だ状況を把握出来て居ないのか「え?え?」みたいに花嫁と親友の顔を交互に何度も見てた。
結局その後親友さんは友人有志に会場からつまみ出され、披露宴は一時中断された。新郎新婦・親族共に居なくなるし

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2015年1月10日 | エッチな告白体験談カテゴリー:近親相姦の体験談

【寝取られ】母の恋人【体験談】

 この文は、私が初めて見た性行為の様子を書いたものである。私は9歳で、性行為の何たるやを知らず、目の前で母が男と交わった様子を見ていたのに、しばらくすると、その事すら忘れていた。それが59歳になって、その時見た様子が、突然、鮮やかによみがえった姿を纏めてみたものである。
 性行為について、私は、母が持っていた月刊誌で、大人の男と女の間には、凄く良いものがあるらしいということは知っていた。しかし、それが何かは知らなかった。どうして、男と女が夢中になるのかなど、知る由もなかった。そんな中で見たことである。書き終わってみて、その様子をよく記憶しているものだと思う。

 終戦になり、父が戦死したことが分かると、たくさんの男たちが、美しい母との性の交渉を持ちたがって擦り寄ってきた。私の周りでは、性交渉を「まんじゅう」と言っていた。はるか年上の男達から、一度だけでも良いから母と「まんじゅう」をしたい、させてくれと言ってからかわれる事が屡々あった。戦争未亡人達が次々に男の腕になだれて抱かれていく中で、ただ独り、母はさせてくれない女であったのだった。特に、男達の誘いに乗らないで頑張ろうと申し合わせていた未亡人達が、足を開いて抱かれてしまうことを残念がっていた。膝を開いて受け入れたらしいと言う表現で祖母と話して、子供の幸せよりも自分の快楽の道を選択したと悔しがっていた。
 そうした餓えた男達が、私達、子供をも巻き込んで、あの手この手の激しい誘惑が毎日繰り返し続く中で、1950年になって、最後に母が選んだのは、同じ職場の中川という妻子ある男であった。母は、私達が傍で見ている状況のままで、その男と初めてのセックスをした。中川の優しいセックステクニックが母を夢中にさせ、巨大な陰茎が忘我の喜びに導き、愉悦に浸らせていたのであると思う。それ故に最初の時を、母は、私達子供を忘れてありのままを見せることになってしまったのである。その時、私達の事も全て忘れて性の喜びに浸り没入していた。

 今考えると、 私は、母がしているその事の意味するものが分からないままに、ひたすら見ていたのである。眼前で母の秘毛で被われた秘部が、中川の陰茎によって、次第に押し開かれて、限界まで開いた小陰唇が、亀頭をくわえ込むような感じで含んで赤く膨れきると、母は、待ちかねていた物を、ついに得た喜びで、「あぁ、うーーーん。」と、大きな呻き声を上げた。一旦力が抜けてから、力の入った声に変わった。すると、押し開らかれていた筈の母の秘部は、その陰茎を、逆に飲み込み始め、くねくねという感じで腰をふるわせた。膣の口に亀頭だけを填めた形で、すぐに奥まで入れようとしない中川に、更に誘うように腰を振るわせながら、持ち上げて、何度も喘ぎながら、「ねぇ。もっと奥まで入れて。」と、声にならない掠れたような低い声で、中川にせがみ、「あーーーぁ」と悶えながら、後ろの中川の姿を、うっすらと開けた目で、何度も振り返って、見上げていた。
 毛に覆われた根元まで飲み込んでいき、陰茎の全てを、身体の奥深くまで受け入れた時、大きく「うーーーーん、入れてしまったのね。私。」と、呻き、中川に嬉しさを訴えて、切なさそうに「あーーぁ、うーーん。」と、長い、呻き声を上げた。中川が母の尻に固く抱きついていた力を緩めて、陰茎を引き抜いていくと、きつく絞めていたらしい膣と、小陰唇の内側の肉が捲れて、引き出され、赤く見えていた。母は、中川の動きを感じて、受け入れた陰茎を抜かれまいとして、更に腰を上げ、反り返りながら「抜かないで。」と甘え声で哀願していた。
 子供が、傍にいることさえも忘れた素振りで、中川の陰茎を根元まで受け入れて、押し寄せる感覚に夢中になってしまっている母の様は、今まで見たことのない母の姿であり、全てが美しく思えた。男達からの露わな性交の誘いを、気に留めず、堪え続けていた母が、中川の逞しい陰茎を見て、堪えようとした心の堰が外れて、性交の欲望が噴出して、自分から中川の胸に飛び込んで行ったとき、全てが始まったのである。
 この時の私は9歳であったので、性の欲望を持つ前の、純真な時期の私であったので、目の前の行為を目をそらすことなく、目撃する事が出来た。母に対する中川の扱いは、いたわりと、優しさに満ちた性交渉であり、大人になって考えても、なお感動ものであった。この後、完全に忘れていたが、感動だけは残っていたようである。だから、何故その様な記憶があるのかと不思議に思っていた。
 中川は、全ての動作を、母が、父が出征した日以来、5年振りに味わう、性の快感を思い起こさせ、味わい尽くさせようとするかの様に、優しさに満ちていた。私自身、人間の性行為というものを見たのは、川尻の海岸で、母が中川と交わる姿を見たのが始めてである。すぐ目の前であったし、行為が進むに連れて引き寄せられるように近づいたこともあって、海岸の潮騒以外は音がない静寂の中で、喘ぎを含む会話や、性器が擦れ合う微妙な音も、膣から引き出す陰茎の水が切れる音も、全て聞こえており、性行為の進展につれて、母が、中川の愛撫の全てを受け入れて、反応し、自分から股を開いて、中川の肉体を受け入れ易くしていく様子の、全てを見ていた訳で、その後になって、学校で、豚の交尾が行われたり、他の子供達が、犬や豚など、動物の交尾を見て、興奮するのにも、私は冷静で、反応しなかった。
 口に出して言うことはなかったが、人間の陰茎はもっと逞しく、性交渉では、男性は、もっと優しさに満ちて、女性の喜びも、遙かに凄いものだと思っていた。荒々しいだけで終わる、犬や豚など、動物のものと比べられるかと思て、動物の交尾くらいで興奮する同級生達が、浅ましく見えた。しかし、この時は、母と中川が目の前で見せてくれた性行為の所為であることは、忘れていて、思い出すことはなかった。

 母は、この性行為の前の晩に、「お母ちゃんを助けて欲しい。中川から、明日は川尻の海岸に魚を獲りに「潜り」に行くので、一緒に行こうと、誘われている。今まで世間で噂されているような、中川に「まんじゅう」をさせたことはない。お父ちゃんとあなた達のことを、大事にしたいから、他の男とも、「まんじゅう」をしたことはない。私は、貴方には、秘密を一切持たないように努めてきたから、貴方が知っている私が、私の全てなの。これだけは神に誓えるよ。信じて欲しい。明日のことも、断り続けていたけれども、どうしても、一緒に行こうというので、断れないでいる。二人だけで行くと、「まんじゅう」をしたいと求められた時、する事を断れなくなってしまうと思う、だけど、しないでいたいから、お母ちゃんを助けると思って、一緒に行ってくれ。」と語った。
 それまでにも、母と中川が親しくなっていて、「まんじゅう」もしている仲だという話は、耳にしていた。その事を、悪ガキ達の間でも話題にして、私たちは、「まんじゅしごろ」と、囃し立てられたりした。だから、冒頭に書いた話も、男達から、からかい半分に求められたものなのである。屈辱の言葉に、我慢で耐えていた。母を信じていたからである。

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2014年5月25日 | エッチな告白体験談カテゴリー:寝取られ体験談

【人妻】無防備な義母 Ⅳ【体験談】

久しぶりに最近の出来事を書きます。
この間、親戚で法事が営まれ、義母と2人で出かけた。
義母は、喪服姿だったが、ミニスカートで、ちょっと派手だった。
親戚の家に着いて間もなく、お墓に向かった。線香を上げ、親戚の家に戻ると
食事が出された。
私と義母は隣に座り、周りには知らない親戚が大勢座った。
法事ともなると、ほとんどは初老か年配の男性で、数人の女性も見えた。
酒が注がれ、私は車だったので、ジュースを飲み義母が代わりに飲んでいた。
時間と共に、1人・1人と帰り数人程が残っている状態で、女性はほとんど姿が無くなった。
義母は酒をドンドン進められ、もう結構飲んでいた。顔も赤らめ、男性陣に話しかけられると
若干呂律も回らなくなっていた。
火照った体を冷やすかのように、義母が胸元のボタンを外した。
豊満な胸が現れ、ブラジャーも見えていた。足も崩れ、スカートの隙間にパンティが見えていたと思う。
私がトイレに立ち、戻りながら義母を確認すると、向い側からは白いパンティが丸見えだった。
男達はそれに気づき、義母の反対側に席を移していた。

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2014年4月9日 | エッチな告白体験談カテゴリー:人妻との体験談
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